僕が思う、村上春樹さんの凄さと怖さ。妄想です。(構築中=間違いだらけ。)自己弁護。

村上春樹さんの凄い作品があるんです。

新作の?読んでません。

そんな簡単に、手に入らないですよ。

みんな欲しがってますから。

みんな欲しがってない、「1円+送料」で。

「Sydney!」です。

シドニーオリンピックを扱った。

とっくに読みました?

それじゃあ、ダメだと、僕は思ったりします。

あるネット書店のカスタマーズレビューに目を通りました。

僕の気が付いたことは、もうすでに、書かれてるか?

書かれてませんでした。


村上春樹さんの、不特定多数に投げた(凄い勇気がいる)、そのメッセージを、僕を介在して(変化したのかな?)、ある女性に向かったそのメッセージ。その僕の解釈(妄想)。


村上春樹さんは、書いたんです。

有森裕子」さんと「高橋尚子」さんは、対比してます。って。

そう書いたんです。レビューを見ると読んだ人は少なくとも、そう取った。読んだ人、みんな、そう取ったかもしれません。

僕も、そう取ったんです。

実は、村上さんの、意図は、正反対だったんです。

しかもかなり複雑です(僕の推測)。



実は、マスコミを介在した、表面上の、2人のマラソン・人生の考え方(哲学)が正反対。

有森裕子さんは、悩みながら必死で走っていた。

本当の幸せって何だろう。

選手の幸せ=金メダル?

でも、女性の幸せ=結婚・出産?

選手の幸せと女性の幸せって両立できるんだろうか。

どうやって?イングリッド・クリスチャンセンを参考にしたり(彼女の名前は、母が幼い僕に何度かしてた。僕は、全然何がなんだか、わかる精神年齢じゃあなかった。彼女は両立成功で、日本でもおなじみだった、らしい)。

小出監督との関係も悩んでいた。素直に従うべきか。そうすれば、金メダル取れたのに、とか言われたり。でも、屈服してまで、金メダル取るべきか。

いろいろ悩んで必死に走り続けていた(いる。現在進行形)。


疲れたので省略します。

高橋尚子さんは、逆だった。

「走り続けていた(いる。現在進行形)。」以外。

それは当時の話。

現在は?

9年(?)後の今。

彼女をよく観てみる。

そう、裏。

そうなると、対偶。

それはまさに、命題。

「(命題)=(対偶)」、それは論理学。

Q.E.D.

そう思いました?

そう思ったあなたは、マスコミが行っている貧困ビジネスの被害にあっている。

本を読んでください。

村上春樹さんは、全然違う、って言ってます。

「有森さんの逆だった、高橋尚子さん」とマスコミは、お金儲けという動機で、そのレッテルを貼り、それを多くの人に、突きつけた。

その「多くの人」の多くの人は、それに従った。お金をむしり取られた。

一人は、少額でも、トータルは結構な額ですよ。

「有森さんの逆だった、高橋尚子さん」=「走るの楽しい、小出監督を信頼してます。それが高橋尚子さん」

この枠組みは、おかしい、って村上春樹さんは、言っている。

そういう、村上春樹さんも、同罪だったりもする。

でも、「有森」さんも、「高橋」さんも、「村上」さんも、信じられないくらい頭が良い。

僕なんかが気が付くことは、簡単にわかってる。とっくの昔に。予測さえできてる。はじめから把握している。

そして、仮面、ペルソナを慎重に選んでいる。

でも、完璧か?

そんなはず無い、行動経済学、「選択肢いっぱい=判断いい加減。」


マスコミは、儲けてる?

当時は、儲けていた?

今は、赤字。そうか?

給料は高額ですよね。

マスコミは自分たちの力を利用し、私たちも苦しいんだ、みたいに、一致団結して、報道してるかも。

お金ばっかりに目がいっている?

それを書いてる時点で、すでに、僕は、認識している(はず?)

それでも、こだわる。経済力0だから。

まだまだ考える。

待って待って、最初は「有森」さん、「高橋」さん、「村上」さんの凄さ、影響力の話をするつもりで、僕は書き始めた。のだろうか?怪しくなってきた。